我が子のプレーを誰よりも近くで見守れる喜び。「パパレフェリー」のすすめ
2026/06/05
Special Interview
Vol.02
練習、送迎、食事、撮影……日々サッカーに打ち込むお子さんをサポートする方法の一つに、ボランティアレフェリーがあります。けっして簡単なことではないけれど、その苦労を上回る大きな喜びがあると語る現役パパレフェリーに、レフェリー活動のことや使っているアイテムについて教えてもらいましょう。 ※Vol.01はこちら
1986年生まれ、東京都在住。平日は会社員として勤務し、週末は近隣のサッカー少年団のボランティアコーチとレフェリー活動を行う。レフェリーとしてはU-15、U-18、社会人などを担当。中2男子と小6女子の父。

「チームの依頼」から「自らの喜び」へ変化
サッカーとの関わり方と、レフェリーを始めたきっかけを教えてください。
競技者としては小学校からサッカーを始め、高校まで続けました。大学卒業後は一般企業に就職し、海外赴任などもあって日本のサッカーからはかなり長い間離れていたんですが、息子が小学1年生からサッカーを始めて、毎週一緒にボールを蹴っていたら、息子が所属していたチームの関係者の方から「審判を出さなければいけないからお願いできないでしょうか」と半ば強制に近い形で指名され、2021年、35歳のときに審判デビューしました(笑)。最初は言われるがままにやっていただけですが、コーチや他の保護者たちより近いところで我が子が喜んだり悩んだりしている姿を見守れるのが嬉しかったし、レフェリーという役割が性格的にも合っていたので今も続けています。
2023年には一つ上の3級審判の資格も取得されています。なぜ取得しようと思ったのですか?
審判と並行してボランティアコーチもやっていたので、さらに上のレベルで審判活動を続けられたらチームから巣立っていった子どもたちの成長が見られるし、自分の審判技術も上達するな、と思ったのが理由です。元々サッカーは好きでしたが、子どもというフィルターを通したことでもう一度「サッカーに関わりたい」と思うようになりました。
昇級の際にはどのような苦労がありましたか?
3級は昇級試験でインターバル走を規定本数クリアできないと取得できないですし、私が所属する東京都の審判委員会は「走る東京」をスローガンにしていて、とにかく走力が求められる。「このままだと体がついていかない」と思い、まずは月に150キロから200キロぐらい走って体重を落として、選手たちに合わせたフィットネスというのをクリアするところからスタートしました。幸い土日は休みですし、平日の夜も自分の時間が取れるので、会社から帰ってきたら家族とごはんを食べて、そこから1〜2時間ジムに行くか走りに行くという生活を続けて、1年半ぐらいで15キロの減量と走力アップに成功しました。
レフェリー活動に打ち込む中で得たもの
お仕事の両立は大変ではなかったですか?
トレーニングをしたり試合を担当した日の翌日はやっぱり疲れが残ったりもしますが、サッカーが好きだし審判が好きだから、体が多少疲れていても頑張れるし、気持ちの切り替えもすんなりできていると思います。審判が仕事に影響してはいいけないし、その逆もあってはならないという風に思っていて、疲れていてもしっかり心身を切り替えて振る舞うようにしています。
あとは、家族へのケアも大切にしていますね。平日のトレーニングも含めて家にいる時間がほとんどないような生活を送っていますが、家族の理解があるから好きなことをやらせてもらっていることを忘れてはいけないと思っています。今日もこの取材に出向く前に晩御飯を作って来ました(笑)。
それは頭が下がります…!レフェリー活動はご自身の人生にどのような影響を与えていると思いますか?
コミュニティが広がりましたね。昨日あった審判委員会の講習会では高校1年生の子と一緒にトレーニングをしましたし、明日担当する試合では50歳ぐらいの方とコンビを組みます。サッカーというフィルターを通して、いろんなカテゴリーにいる、いろんなサッカー観とサッカー経歴を持った人と話すことで、インプット・アウトプットの質が高まったといいますか。相手のことを知る一方で「自分を知ってほしい」という思いが高まり、それを伝えようと努力するようになったことが一番の変化かなと思います。
また、市区町村の小学生チームから始まって中学生や高校生を担当するようになって、現在は都の審判委員会に籍を移して社会人レベルまでやらせていただいています。カテゴリーが上がっていくと注意すべき点がどんどん増えていくし、コミュニケーションの質も変わっていくので難しいなと思う一方、面白いですね。ひょんなことから始めたことでしたが、サッカーに対する視座が少し高まったなとは思っています。
親子二代で紡いでいく夢
ご家族から「レフェリーを始めて変わった」と言われたことはありますか?
妻は「メンタル的に強くなった」と思っているんじゃないかと。試合のたびにアセッサー(レフェリングの評価をする人)から「こういうところがよくなかった」と言われてシュンとしているつもりですが、どうもそう見えないようで(笑)。海外赴任をしていたときはもっと表情や態度に出ていたし、泣き言を言っていたと思います。
「レフェリーをやっていてよかった!」と感じる瞬間は?
中学2年生の息子が2年前に4級審判をとったことと、卒業文集の将来の夢に「国際審判」と書いたことです。自分が好きで始めたサッカーとレフェリーが息子にいい影響を与えているんだなと感じられたことは非常に嬉しかったですね。
今後の目標を聞かせてください。
JFAが2050年にワールドカップで優勝するという目標を掲げているという話を息子として、「そこで審判をやってこいよ」って言ったら「わかった」と言ったんです。日本サッカーが強くなるためには審判の向上も大事だと彼なりに感じているようなので、私ができる限りのサポートをして息子をその舞台に連れていけたら最高です。
パパレフェリーの必携アイテム!

ホイッスル
モルテンの「バルキーン」にフリップグリップを装着して使用しています。アドバンテージの動作をするときに笛が邪魔にならずとても重宝しています。万が一笛が鳴らなくなるなどのトラブルに備えて、常に予備のホイッスルをポケットに入れています。
審判カード
警告や得点をメモするシートが市販されているものもありますが、グラスルーツの試合だと大会本部で先発やサブなどを記録していないこともあるので、誰が先発して、誰が交代したかがわかりやすいシートを自作しています。
腕時計
カウントダウン方式のものとカウントアップ方式のものを1つずつ装着しています。1つは試合の間流しっぱなし、もう1つはケガなどで試合が止まったらその都度止めることでアディショナルタイムを管理しています。
シール
私のようなグラスルーツのレフェリーは、プロのように決まったチームの試合を担当するわけではありません。初見のチームを担当することもありますし、試合中に「これはどっちのチームだったっけ?」と迷うことがないよう、審判カードのチーム名の横にチームの色のシールを貼り付けて、すぐにチームを認識できるようにしています。
心拍計とGPS
必ずつけなければいけないものではありませんが、試合後のフィットネスの振り返りと今後のトレーニングの指針を立てるために利用しています。
【とにかく準備は入念に!】
試合や大会によって環境が異なるカテゴリーを担当しているので、何があっても対応できるように、上記など必要なものはすべてもう一セット用意しています。審判が持参する必要のない交替のボードやフラッグも念のため持っていきますし、ユニフォームも半袖と長袖を必ず2セットずつ持参します。以前一度だけユニフォームを忘れたという方がいて、お貸しして滞りなく試合を開催することができました。


