Special Interview

中編

ベンチからの抗議は当たり前?
世界で活躍するトップ審判が現役レフェリーの悩みに切り込む!

日本初のJBA公認プロフェッショナルレフェリーとして、国内外の大舞台で活躍する加藤誉樹さんに、レフェリーの本音を存分に語っていただく当企画。今回は、モルテン公式インスタグラムに寄せられた現役審判の方からの質問にご回答いただきました。 ※ホイッスルを始めとするギアへのこだわりについてお話いただいた前編はこちら

PROFILE
加藤 誉樹(かとう・たかき)

1988年生まれ、愛知県出身。慶應義塾大2年時に選手から審判に転向。大学院卒業後も会社員の傍らレフェリーを続け、2014年に国際バスケットボール連盟(FIBA)公認国際審判員資格を取得。2017年には初となるJBA(日本バスケットボール協会)公認プロフェッショナルレフェリーに就任し、2021年に東京で開催された世界大会でも審判を担当した。

加藤 誉樹

他者からの見られ方に対するこだわり

加藤さんはJBA公認プロフェッショナルレフェリーの第一号として、B.LEAGUEや全日本バスケットボール選手権大会、FIBAの国際試合でご活躍されています。前編でケアグッズをご紹介していただきましたが、その他はどのようなコンディショニングケアをされているんですか?

ケアに関しては、ここ何年も同じトレーナーの方にお願いしています。試合前日までにテーピングを巻いてもらい、週末の試合を終えた月曜日は電気やマッサージなどいろいろな治療を受けています。月曜日の午前中は、子どもを保育園に送って、治療をして、週末の試合を振り返って…という流れのことが多いですが、正直使い物にならないくらい疲れています(笑)。

日々、ご苦労さまです…。筋力トレーニングはされていますか?

レフェリーに最も必要なのは、判定をする前にそのプレーが起こっていることが確認できる場所にいるということなので、脚力は日常的に鍛えています。加えて、プレゼンテーション…つまり「見た目」を作るためのトレーニングにもかなり重点を置いていて、週に4~5回、毎日部位を変えながらウェイトトレーニングを行っています。

前編で、「身だしなみ」という点での見た目の大切さについてお話しいただきましたが、
体格も大切なのですね。

特に”世界”に目を向けた場合に大切だと思っています。ヨーロッパやアメリカのレフェリーに比べると、東アジア人はどうしても実年齢よりも若く見られる傾向にあるからです。私は、FIBAの本大会で活躍したいと思い始めた2015年ごろからウェイトトレーニングに力を入れ始め、今も「日本の代表として出ていくからには、世界でも見劣りしない体を作ろう」という思いでこれを継続しています。

試合で加藤さんを拝見していると、1つひとつの表情にも意図が感じられます。

おっしゃるとおり、厳しい対処をしなければいけないときの表情は、意識して作っているところがありますし、選手たちを安心させるために、あえて柔らかい表情で接することもあります。鏡の前でシグナルをしながら表情を作って、自分が第三者にどのように見られているか確認する作業は日常的によくやっています。

毅然とした態度でいるために大切なこと

選手それぞれにプレーの特徴があるように、加藤さんのレフェリングにも何か特徴はありますか?
他の方から「ここがあなたのいいところだね」と言われるようなことがあればぜひ教えていただきたいです。

そうですね……ちょっと質問をずらしてもいいですか。私自身が逆に「このレフェリーはすごいな」と思うのは、いつでも、どんなシチュエーションでもメンタルの浮き沈みのない方です。レフェリーをやっていると勇気のいる判定を下さなければならない場面が当然あるんですけど、そういったときもその他多くの判定と同じように、よどまず、歪まず、淡々とレフェリーの仕事を全うできる方はすごいなと思います。残念ながら私はまだその点で足りないところが多いので、もっとがんばっていなければいけないと思っています。

今回のインタビューに際し、モルテンの公式インスタグラムで「加藤さんに聞きたいこと」を募集していたのですが、その中に「どうしたら毅然とした態度で審判ができますか?」というものがありました。 今のお話に関連することがありそうなので、このタイミングでぜひうかがわせてください。

自分の中に不安要素や心配事があると、毅然とした態度をとることに引け目を感じることがあると思うので、いい準備をして、不安要素をできる限りなくした状態でゲームに入ることが大事だと思います。

例えばどのような準備が必要ですか?

一つはルールの理解です。「絶対に競技規則に則って正しい」と確信を持てれば毅然と対応できると思いますし、逆にちょっとでも「どうだったっけ?」と不安に思ってしまったら、それが間違っていた時のことを恐れて毅然とした態度をとれなかったりすることもあると思います。

その上で、プレーヤーやコーチと何度も顔を合わせるような大会であれば、試合前に準備できることもたくさんあると思うんです。コートに入ってびっくりしないように、事前にいろんな情報…例えばどういう戦術をすることが多いとか、この選手はこういうプレーが多いというようなことを仕入れた上で、コートに立ったときにはそれを忘れて、目の前で起こったことを忠実に判定していくことも大切です。

ベンチからの抗議は当たり前のことだと考える

もう一つ、インスタグラムからの質問です。「ベンチからいろんなことを言われると不安になってしまう。 加藤さんはどう対処しますか?」とのことです。

私たちの判定が正しくても正しくなくても声は挙がる、と考えておくことは、審判が精神的に安定するために必要な考え方だと思います。というのも、私たちがコート上の一番いいポジションで見ているものと、ベンチから見えるものってびっくりするほど違うんです。何の嘘をついているわけでもなく、本当にそう思ってアピールしているような場面も多分にあると思うので、そういった声が挙がるのはある意味当たり前なんですね。

その上で、なんでもかんでもにアピールがあったり、一緒にゲームを進めていく立場として好ましくない言動が続いたときに私がよく使うのは「おっしゃりたいことはわかります。ただ、そのようなことが続いたら、私としては次のことをやらないといけなくなってしまいます」というフレーズです。

要は、テクニカルファウルを宣告しますよ、と。

はい。仁王立ちをした審判に「テクニカルを吹きますよ」と言われても、言われた側はそれを素直に受け入れるのは難しいと思うので、横並びのスタンスで、少し柔らかい表現でそう伝えるよう心がけています。テクニカルファウルを吹く前に選手やコーチたちに働きかけて、円滑に試合を進行するのもレフェリーの技量の1つだと思います。

「審判にとって英語は大切ですか?」という質問も寄せられました。

国際審判やBリーグやW.LEAGUEなどを担当するレフェリーを目指すなら、英語は絶対に必要です。

私は中学校の頃から英語でコミュニケーションを取ることに興味があって、東海三県の英語弁論大会に出場して3位をいただいたこともありました。以降はどうしてもテストのために英語を勉強するようになっていきましたが、JBA公認A級審判ライセンスへの昇格審査が視野に入ってきた大学院1年の時から将来国際審判になることを意識し始めて、2年間みっちりと英会話スクールに通いました。そこでの成長の幅はかなり大きかったと感じます。

特に、近年の国際試合では「ただコミュニケーションが取れる」というレベルではなく、試合中のシビアな状況での対応や、コート外での審判間やインストラクターとのディスカッションのために、表現としても発音としてもより高いレベルの英語力が求められています。ですので、私は今でもオンライン英会話を受講し、移動時に単語帳を読んだりして英語力を高めています。

※後編では、加藤さんの仕事術やレフェリー界の今後についてうかがいます。

インタビュー・構成:青木美帆
撮影:岡元紀樹

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