Special Interview

後編

審判は選手やコーチのよきパートナーであれ
日本初のJBA公認プロフェッショナルレフェリーが見据える未来

日本初のJBA公認プロフェッショナルレフェリーとして国内外で活躍する加藤誉樹さんに、レフェリーの本音を存分に語っていただく当企画。最終回となる今回はトップレフェリーの仕事術やレフェリーに対する思い、今後のバスケットボール界に期待したいことなどをうかがいました。 ※ホイッスルを始めとするギアへのこだわりについてお話いただいた前編はこちら ※現役審判からの質問にご回答いただいた中編はこちら

PROFILE
加藤 誉樹(かとう・たかき)

1988年生まれ、愛知県出身。慶應義塾大2年時に選手から審判に転向。大学院卒業後も会社員の傍らレフェリーを続け、2014年に国際バスケットボール連盟(FIBA)公認国際審判員資格を取得。2017年には初となるJBA(日本バスケットボール協会)公認プロフェッショナルレフェリーに就任し、2021年に東京で開催された世界大会でも審判を担当した。

加藤 誉樹

選手やコーチとコミュニケーションをとりながらいいゲームを作る

加藤さんがこれまで審判をされていて、特に大変だったなと感じる試合はありますか?

FIBAユーロバスケット2017(ヨーロッパ選手権)はすごく精神的なタフさを求められる大会でした。この大会にアジアから派遣されたレフェリーはフィリピンのレフェリーと私の2人のみで、東アジア人の見た目だったのは私だけ。観客席からは何度も厳しい声が飛んできましたし、声だけでなくキャンディが飛んできて、インスタントリプレー用のモニターが大破するということもありました。最終的には準々決勝まで担当し、大会前のトレーニングキャンプを含めて5週間トルコとフィンランドにいましたが、毎日神経をすり減らしながら試合を担当したこのときの経験は、国内の厳しい状況や逼迫した状況を乗り越えるのにかなり役に立っていると思います。

逆に、嬉しかったり、幸せを感じた試合はありますか?

タフなゲームを大きなミスやトラブルなしに終えて、ロッカールームに戻ったときが一番幸せですね。特別な判定を下したときとか、ルール上すごく複雑な事象を正しく処置できたときよりも、むしろ普通に試合を終われたときのほうが幸せです。試合を終えて審判控え室に入っていくまでは体も心もこわばっているので、控え室の鍵を開けて、入って、パートナーのお二方と「ありがとうございました」って言う瞬間が、一週間で一番ほっとしますし幸せを感じます。

上記のFIBAユーロバスケット2017を含め、加藤さんはFIBAバスケットボールワールドカップ2023 アジア予選予選や2021年に東京で開催された世界大会などでも審判を担当されています。
世界のトップゲームと世界のトップレフェリーを知る加藤さんの視点から、日本のレフェリーが彼らから学ぶべきと感じることがあれば、ぜひお聞かせください。

レフェリーが、プレーヤー、コーチ、チームに関係する皆さんと共にゲームを進める”パートナー”という立ち位置を目指せたらと思います。

一昔前まで、日本だけではなく国際的に「レフェリーは笛とシグナルの2つだけで物事を表現するべき」「選手やコーチとは話すな」と言われていたんですが、今はその2つでは埋められない認識の違いをカバーするためにコミュニケーションが必要不可欠とされています。コート上というプレッシャーがかかる場所で、なおかつ自分の一挙一投足がたくさんの人に見られている中でコミュニケーションをうまくとるのは想像以上に難しいですし、「話すな」と教えられてきたベテランの方々は特に大変だと思います。ですが、海外のトップレフェリーはそれをやっていますし、私自身もとても大切なことだと思うので、若い方もベテランの方もお互いにリスペクトし合いながら、ゲームをいいものにしていければいいなと思っています。

加藤さんの場合は、どのようにコミュニケーションを取られていますか?

このインタビューからも察していただけると思いますが、私はおしゃべりなレフェリーなので、コートインスペクションの前後などで色んな選手やコーチとコミュニケーションを取ります。特に、海外からやってきた選手はストレスや不安も多いと思うので、チームメイトが呼んでいる愛称で呼びかけたり、英語で話しかけたりしますね。「ヘイ、調子はどう?」と話しかけて、「疲れてる」と言われた選手に「そうだよな、俺も疲れてるよ」と返して、お互いに慰め合ったこともあります(笑)。

また、これは必ずしもいいこととは言えないかもしれないんですが、私はゲーム前にコーチと挨拶をするタイミングで「何か確認しておきたいことはありますか?」と聞き、ルールに関する疑問があればそれに答えるようにもしていますし、回答内容は公平性を保つためにもう一方のチームにも共有するようにしています。こういった会話が難しいと感じる方は、ぜひ試合前に両チームのコーチと挨拶をするところから始めてみてください。

観戦者の知らないところで、小さな気遣いをたくさんされているんですね。

レフェリーって得てして「よくわからない人」や「敵対する相手」と捉えられがちな存在だと思いますし、実際私もプレーヤー時代はそう思っていました。ですから、コミュニケーションをとったり、時には柔らかい表情を見せて「同じ人間ですよ」「一緒に試合を作る仲間ですよ」と伝えることは心がけています。

もう1つ加えると、こういった関係性はレフェリーだけががんばっても実現しません。選手やコーチ、チーム関係者らと協力し合って、誤解や認識のズレをゲームの中で少しでも埋めていく作業をしていくことが一番の理想だと思うので、これからそういう世界になっていくといいなと思います。

反省は大事。だけど何よりもゲームに携わる充実感を大切にしてほしい

今後の日本のレフェリー界に期待することはありますか?

こういう答えでいいのかわからないですけど、レフェリーも、コーチや選手やお客さんと同じように、明るく、元気にバスケットボールを楽しめるようになれたらいいなと思います。というのも、 活動の中で楽しさを見出すのが難しい立場でありながら、それでもレフェリーとしてバスケに携わりたいと思う人たちが、バスケが好きじゃないわけがないんですよね。

けれどレフェリーって真面目な方が多いので、ゲームの中で少しでも反省する点があると、ロッカールームで暗い雰囲気になりがち。多分このインタビューをご覧いただいてる多くのレフェリーの方が「日常茶飯事です」って思われているんじゃないかな(笑)。けれど、試合の中にはうまくいったこともたくさんあるはずなんです。

課題に対して向き合うことはもちろん大切なんですけれども、ゲームに携わる充実感や「バスケが好き」という気持ちはずっと持ち続けてもらいたいですし、辛い局面、難しい局面、苦しい局面が訪れたときは、プラスのエネルギーを持ってそれを乗り越えてもらいたい。楽しんでいただくのは選手であり、チームであり、お客さんでいいと思うんですけれども、その中でレフェリーだけが悲壮感の漂うグループでいるのではなく、充実感を持って「やっててよかった」「明日も頑張ろう」って思えるようなものになっていけるといいなと思います。

最後に、加藤さんご自身の今後の展望について教えて下さい。

今年の沖縄で開催されるFIBAバスケットボールワールドカップ2023や、来年フランスで行われる国際大会のような、シニア男子の大きな大会で笛を吹きたいという思いは当然持っています。ただ、こればかりは人数の限られてることですし、いくらそこを目指して努力をしたからといって、自分の力だけで達成できるものでもないと思っています。ですので、近い将来、そういった大会を担当できれば嬉しいなとは思いながらも、間近にある1試合1試合を自分にできるベストの準備をして、コートにそれを置いてきて、できるだけいいパフォーマンスを発揮することにフォーカスしています。その先に世界規模の大会が待っていたら、とても嬉しいです。

インタビュー・構成:青木美帆
撮影:岡元紀樹

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