私の 「feel the emotion」 リリアナ・リル・プルチャ プロフェッショナル車いすラグビー選手

私の 「feel the emotion」  リリアナ・リル・プルチャ プロフェッショナル車いすラグビー選手

私の 「feel the emotion」
リリアナ・リル・プルチャ
プロフェッショナル車いすラグビー選手



「こういう瞬間が、何より大事なんだと思います。次に続く障がいのあるアスリートたちに、私たちの居場所はここにあるんだと伝えられるから。私たちはもっと自分を出していいし、ありのままを受け入れてもらう権利がある。大きく夢見ることだって、決して間違ってなんかいないんです。」

スポーツを通じて引き出される感情の動き、揺れ幅がスポーツの価値と考える、モルテンのブランドの約束事「feel the emotion」このメッセージは車いすラグビーにおいて、見事に形になっています。
すべてのパスには勇気が試され、すべてのコンタクトには折れない心が試され、すべてのトライには希望が宿る――そんな競技だからです。
オーストラリアの新星であるリリアナ・リル・プルチャは、男女が同じチームで戦う、激しくスピード感あふれるこのフルコンタクトスポーツの中で、まさにそのすべてを体現しています。
2022年にこの競技と出会って以来、彼女は試合に対する熱い情熱と豊かな感情をもって、次世代の車いすラグビー選手たちに大きなインスピレーションを与え続けています。2025年にオーストラリア代表チーム「スティールーズ」で国際舞台デビューを飾って以来、その躍進は目覚ましく、今月には2026年WWR世界選手権に挑み、その先にはロサンゼルス 2028 パラリンピック競技大会を見据えています。さあ、今回の独占インタビューでは、モルテンがスポーツと車いすラグビーの持つ力について深く掘り下げていきます。それでは、リリアナにバトンタッチしましょう!

スポーツの真の価値とは何でしょうか?

スポーツの価値は、スコアボードの勝敗だけにとどまりません。
その本質は、人と人とをつなぎ、居場所を与え、試合が終わった後もずっと心に残り続ける共通の体験を生み出すことにあります。
スポーツは、自分にどんな可能性が秘められているのかを気づかせてくれ、成功と挫折の両方を通して折れない心を醸成してくれます。そして、喜びや生きがいとなる瞬間をもたらしてくれるのです。
スポーツを通じて私たちが感じる感情――興奮、悔しさ、仲間との絆、そして達成感。それこそが、スポーツをこれほどまでに力強いものにしている理由なのです。

あなたにとって、スポーツから生まれる「感情」とはどのような意味を持ちますか?

スポーツは人々を結びつけ、私たちがこの世界で自分の居場所を見つけるのを助けてくれます。そして、私たちは自分自身よりもはるかに大きくて素晴らしい、大きなコミュニティの一員なのだということを思い出させてくれるのです。

車いすラグビーを始めたきっかけは何ですか?また、なぜこのスポーツが自分にぴったりだと感じたのでしょうか?

西オーストラリア州パースで開催されたパラスポーツのイベントで、車いすラグビーと初めて出会いました。何か体を動かしたいと思っていただけでなく、自分のことを分かち合えるつながりや、自分らしくいられるコミュニティを探していたんです。 最初から車いすラグビーには興味がありましたが、ラグビーを試す前に、まずはパラアイスホッケーを体験してみました。でも、ラグビーのコートに立った瞬間、「これだ」とピンと来たんです。激しいぶつかり合いやコンタクト、スピード感、そしてその熱量にすっかり魅了されました。 子どもの頃は特にスポーツ少女というわけではなかったので、こんなタフなスポーツに夢中になるとは思っていませんでした。でも、ほとんど一瞬で「自分に合っている」と感じたんです。 ただ、この競技がぴったりだと感じた理由は、スポーツそのものの魅力だけではありません。仲間たちの存在でした。ラグビーを通じて本当の友だちができ、自分の居場所が見つかり、最高の形で自分を成長させてくれるスポーツに出会えた。そのすべてが合わさって、ずっと通い続けることになりましたし、今でもこの競技を心から愛している理由がそこにあります。

車いすラグビー選手として史上初めてジョン・イールズ・ラグビー・エクセレンス奨学金に選ばれた時はどう思いましたか?

奨学金に選ばれたと知ったときは、本当に興奮しました! それは西海岸のパースでの生活を整理して、車いすラグビーの目標を追いかけ、さらに大学でデータ分析の学位取得を目指すために、3,600キロ以上離れたゴールドコーストへ一人で引っ越すことを意味していたからです。私にとって大きな決断でした。 でも、それ以上に嬉しかったのは、私が成し遂げたい夢やビジョンを、他の誰かが認めてくれたということです。 ボンド大学が私を信じて選んでくれたこと、そのバックアップの存在は本当に大きいです。これまで取り組んできたすべてのことに、自信を持って挑む勇気をもらいました。

オーストラリアの偉大なラグビー選手の一人であるジョン・イールズは、あなたのこれまでの競技人生にどのような影響を与えましたか?

現在、ジョン・イールズ氏は私にとって最大のメンターの一人であり、今の私があるのは彼のおかげです。 彼から勧められた中で特に良かったのが、「ノートをつけること」でした。今では試合、大会、練習のすべてにそのノートを持参しています。中には、戦術やゲームプラン、覚えておくべきこと、コート上での自分の役割、さらにはふと感じた大きな感情まで書き留めています。このノートのおかげで自分のプレーを本当に磨き上げることができましたし、コーチたちにも「学びたいという意欲があり、最高のプレーヤーになろうと真剣に取り組んでいる」という姿勢を示すことができたと思っています。ジョンが授けてくれたのは、まさにこうした素晴らしいメンターシップであり、心から感謝しています。 それに、車いすラグビー選手として初めてこの奨学金を受給できたことは、個人的な栄誉にとどまらない大きな意味を持っています。これが、車いすラグビーが本格的でハイパフォーマンスなスポーツとして認められているという証しになり、障がい者スポーツコミュニティ全体の扉を開くきっかけになることを願っています。 こうした瞬間は本当に大切です。なぜなら、障がいを持つ次世代のアスリートたちに対して、「私たちにも活躍できる場所がある」「堂々と存在し、ありのままの姿で認められていいんだ」ということを示してくれるからです。

これまでの競技人生の中で、特に印象に残っている試合や瞬間はありますか?

理由のまったく異なる、2つの忘れられない瞬間があります。1つ目は、競技人生の初期にパリで開催された2024年の「ウィメンズ・カップ」です。私はオーストラリアから参加した唯一の選手で、世界中から集まったアスリートたちと同じチームになりました。中には、それまで一度も会ったことがなく、言葉も通じない選手もいました。 周囲から大きな期待をされていなかった私たちは、自分達自信に課していたプレッシャーからも解放され、自由に、そして心からプレーを楽しんだ結果、金メダルをつかみ取ることができました。 あの経験は、これからもずっと私の心に残り続けるでしょう。未知の世界に飛び込み、恐れずにプレーし、新しいチームメイトと本当の絆を築き上げ、自分の可能性を発見していくあの自由さが大好きでした。 母が会場で見守ってくれていたことも、この瞬間をさらに特別なものにしてくれました。金メダルを獲得したときに母が流してくれた涙を見たり、喜びや安堵、誇らしさを分かち合ったりしたことは、私にとってかけがえのない宝物です。

2つ目は、理由は全く異なるのですが、「2025年シブヤカップ」です。 精神的にこれまでで最も過酷な大会の一つだったので、「ベスト・ミッドポインター(最優秀ミッドポインター賞)」に選ばれたことは、私にとって信じられないほど大きな意味がありました。スコアボードや試合の結果、他人の言動はコントロールできなくても、自分のパフォーマンスだけは自分でコントロールできるのだと思い出させてくれたからです。あの賞は、本当に必要としていた時に受賞することができました。思い通りにいかない時でも、日々積み重ねてきた努力はちゃんと誰かが見ていてくれるのだと教えてくれたのです。物事がうまくいかないと感じる時も、私はあの瞬間に立ち返るようにしています。

車いすラグビーの最大の魅力は、何だと思いますか?

私にとって、車いすラグビーの最大の魅力は、間違いなく「コミュニティ」です。
子供の頃はスポーツ少女ではなかったので、スポーツが自分の人生の中心的な存在になるとは想像もしていませんでした。しかし、車いすラグビーのコミュニティが私を引き込み、居場所があると感じさせてくれたのです。この競技の仲間たちは何も説明しなくても(障がいや境遇を)深く理解しあえる人達です。このスポーツで築く友情は特別なものです。お互いに刺激し合い、支え合い、自分の最高の引き出し合える関係です。
また、試合の合間に生まれるつながりも大好きです。大会では、他チームとユニフォームを交換したり、ジャージを集めたり、道中で友達を作ったりするようにしています。それが海外遠征の楽しみの一つになりました。
そしてもちろん、スポーツそのものにもすっかり魅了されています。自分の限界や可能性を発見していくという、肉体的・精神的なチャレンジが大好きです。今でも自分のことをアスリートだと完全に思えるわけではありません。私はただ、ベストを尽くしている一人の人間です。それでも、車いすラグビーは私にコミュニティ、挑戦する機会、そして心から感謝できる居場所を与えてくれました。

将来の目標と、車いすラグビーを通じて伝えたいメッセージについて教えてください。

私の目標は大きいですが、モットーはシンプルです。「大好きなことを楽しむ」ということです。サンパウロで開催される世界選手権で金メダルを獲得したい。ロサンゼルス 2028 パラリンピック競技大会に出場して、素敵なメダルを持ち帰りたい。自分にできる最高のディフェンシブな2.0点プレーヤーになりたい。
でも、何よりも大切なのは、その道のりを心から楽しむことです。60歳になった自分が、個々の試合の細かいスコアを覚えているとは思いません。きっと覚えているのは、楽しかったという感覚、その瞬間を全力で生きていたという実感、そして本当に大好きな人たちと一緒に、心から打ち込んだという思い出です。 コートの外では、ボンド大学でデータ分析の学士号取得に向けて勉強しており、将来の目標は、その2つの世界(スポーツとデータ)を融合させ、車いすラグビーのデータアナリストとして働くことです。
データを使って、アスリートのパフォーマンスやチームの戦術、そして愛するこのスポーツの発展のために、より良い決断を下す手助けをしたいのです。選手として、コーチとして、あるいは裏方としてこのスポーツの成長を支える人物として、あらゆる方法で車いすラグビーに貢献すること――私にとって、それらはすべて同じビジョンの一部です。 自分の競技以外で、最もやりがいを感じている活動の一つが、ゴールドコーストやブリスベンで子どもたちに車いすラグビーを指導することです。子どもたちが自分の可能性に気づき、友達を作り、自分の居場所を見つけていく姿を見ることは、私にとって何ものにも代えがたい喜びです。子どもたちには、「自分には価値がある」「自分には居場所がある」「ありのままの自分で素晴らしいんだ」ということを知ってほしいのです。 それこそが、私のすべての活動を通じて一番伝えたいメッセージです。 障がいは、あなたが達成できることを制限するものではありません。どんな人であっても、スポーツの世界には必ずあなたが入る場所があります。 そして、たとえそこに至る道のりが険しくても、大きな夢を抱くことは決して悪いことではありません。私自身が、そのすべてが同時に実現可能であることの生きた証拠なのです。



編集者注:車いすラグビーでは、選手の障害の程度に応じてクラス分けが行われ、障害が最も重いクラスが0.5、最も軽いクラスが3.5となります。そのため、チームはコート上の異なるクラスの選手をバランスよく配置する必要があり、コート上の4選手のクラスの合計は8点を超えてはなりません。この8点ルールの例外として、コート上でプレーする女性分類アスリート1名につき、チームに追加で0.5点または1.0点が与えられます。これにより、異なる強みを持つ選手を慎重に組み合わせることが求められ、チームワーク、戦術、そして選手構成がこのスポーツの非常にユニークで不可欠な要素となっています。

Photo credit - Wheelchair Rugby Australia