私の 「feel the emotion」
香西宏昭氏 プロ車いすバスケットボール選手

「この素晴らしい競技がもたらす情熱が、私にいつでもパワーをくれる。」
スポーツを通じて誰もが味わう「強い感情のつながり」を讃える、モルテンのブランドの約束事「feel the emotion」このメッセージは、車いすバスケットボールにおいて鮮烈に体現されています。むき出しの感情、闘争心、情熱、チームワーク、そして強い決意――この激しくスピーディーな競技では、そのすべてが、あらゆる瞬間に激しくぶつかり合っているのです。
本独占インタビューでは、東京2020パラリンピックでチームの最多得点王として日本男子車いすバスケットボール界史上初となる銀メダル獲得に貢献し、歴史を塗り替えた香西宏昭選手をゲストに迎えます。コートの内外で巻き起こる、目まぐるしい感情の動きに迫りました。
それでは香西さん、よろしくお願いします!
時計の針を巻き戻して、このスポーツに出会った当時のことを教えてください。どのようなお気持ちでしたか?
2001年、12歳の時でした。車いすバスケットボールに出会った瞬間は、まさに体中に電流が走ったような、信じられないほどの衝撃だったんです。それから地元のクラブチーム「千葉ホークス」でプレーを重ね、18歳になる頃には、このスポーツの魅力にすっかり取り憑かれていました。そして、自分の夢を追いかけるためにアメリカへ渡る決意をしたんです。
家族、そしてコーチでありメンターでもある及川晋平さんの元を離れるのは、これが初めてのことでした。アメリカでの新しいチームに馴染むのは、最初は本当に大変でしたね。英語は私にとって第二言語ですから、最初は自分の感情を100%表現したり、試合の戦略を新しいチームメイトやコーチにしっかりと伝えることに、とても苦労しました。
ですが、イリノイ大学での時間は、すぐに最高に素晴らしいものへと変わっていきました。チームのみんなが、私を本当の家族のように(我が家にいるかのように)温かく迎え入れてくれたんです。コートの上で競い合い、お互いを高め合っていた時も、コートを離れてただ一緒に集まって楽しんでいた時も――そのすべての思い出が、まるで昨日のことのように鮮明に思い出されます。
なるほど、では若くしてすでに、スポーツの舞台で戦うことの中心には、これほどまでに熱い「感情の揺らぎや繋がり」があるのだということを肌で感じていらしたわけですね。
本当にそうですね!これほど若い頃に、しかも異なる文化の中でそのことを実感できた自分は、本当に幸運だったと思っています。
イリノイ大学ではマイク・フログリー監督の指導を受け、全米車いすバスケットボール協会(NWBA)のMVPを2シーズン連続(2012年と2013年)で受賞することができました。そして卒業後、世界中からトップアスリートが集まるドイツの1部リーグ(RBBL)で、ついにプロデビューを果たしたんです。そこでは、世界最高峰の選手たちと時にチームメイトとして、時にライバルとして競い合いました。
キャリアの中で、さまざまな感情をただ味わうだけでなく、「その感情をいかにコントロールし、自分の力に変えていくか」が成功のためにどれほど不可欠であるかを本当に理解し始めたのは、まさにこの時期でした。

感情をコントロールし、自分の力に変えるための香西さんなりの「とっておきのコツ」があればぜひ教えてください。
スポーツの舞台で誰もが経験する、あのジェットコースターのような感情の起伏―そこから自分がどれほど多くのエネルギーを得ているかに気づき始めてから、私は「この感情をさらに大きなエネルギーへと『変換』するにはどうすればいいか」を考え、模索するようになりました。それができれば、メンタル面でもフィジカル面でも、自分をもっと強く、パワフルにできると確信したからです。
その第一歩が、スポーツ心理学者の指導のもとで「感情ノート」をつけ始めたことでした。これによって、自分自身の「感情のエネルギー」や、自分がどのように考えるかという思考の具体的な癖(パターン)を客観的に自覚できるようになったんです。
そのノートは、もともとはスポーツ心理学者からの宿題のようなものだったのですが、感情がいかに自分の進むべき道を形作っていくのかを、より深く発見していく上で本当に役に立ちました。皆さんにも、ぜひ心からおすすめしたいです!
様々な葛藤や挑戦を乗り越えてきた今の香西さんにとって、スポーツがもたらす感情とは、一体どのような存在なのでしょうか?
スポーツから生まれる感情は、私の人生を豊かにしてくれます。
―シンプルに、ただそれだけです。
目標を達成したときの喜びも、その裏側にある敗北の悔しさや挫折感も―すべての感情が、私たちの何気ない日常に彩りを与えてくれるのです。
スポーツで私たちが感じる感情は、人と人との「繋がり」をも生み出してくれます。アスリートであれ、ファンであれ、あるいは裏方として支えてくれている人であれ、立場は関係ありません。感情があるからこそ、私たちは互いを支え合い、お互いからエネルギーをもらい受けることができるんです。
試合の最も緊迫したタフな局面において、どのようにレジリエンス(逆境を跳ね返す力)をコントロールしているのでしょうか?冷静で分析的な思考を保つことと、戦うために必要な爆発的なエネルギーを注ぎ込むこと―この2つのバランスをどう取っているのですか?
車いすバスケットボールには、戦術を大きく左右するとても面白い「クラス分け(持ち点)システム」があります。選手はそれぞれ障害のレベルもプレースタイルも異なりますが、チームとしてそれらすべてをパズルのように組み合わせることで、一人ひとりの能力を最大限に引き出していくんです。
このような状況のなかで的確にプレーするためには、常に冷静さを保ち、コート全体を読み解く必要があります。状況は瞬きする間に変わってしまうからです。だからこそ私は、「何がうまく機能していて、何がうまくいっていないのか」「相手は何を仕掛けようとしているのか」「それに対抗するために自分たちは何をすべきか」を、常に先回りして見極めるよう意識しています。
そうして状況を分析した上で瞬時に決断を下し、自分のスキルを最大限に発揮できるよう全力でプレーします。エネルギーは常に自分の中に満ちあふれているので、そこに関しては何も心配する必要はないんです。
グローバルな舞台で長年キャリアを築いてきた香西さんだからこそ、実感していることがあると思います。国境という垣根を越えて一つのコミュニティを創り出す、そんなスポーツの持つ偉大な力を、ご自身の経験のなかでどのように体感されてきたのでしょうか。
スポーツには、人と人を繋ぐ唯一無二の力があります。言葉や文化が違っても、同じルールの下で、同じゴールに向かって全員が100%全力を尽くす。そんな同じ時間と空間を共有するなかで生まれる様々な感情を通じて、私たちは深く結びつくことができるんです。

日本と海外、双方のスポーツシーンを経験されてきた香西さんならではの独自の視点から見て、海外のスポーツ文化のポジティブな側面の中で、「もっと日本にも取り入れたい、広がってほしい」と思うものはありますか?
アメリカでの車いすバスケットボールの経験を通じて、現地には大学リーグ(カレッジスポーツ)でのプレーを目指す子どもたちのためのプログラムが、本当にたくさん用意されているのを目にしました。
一方でドイツでは、地域のスポーツクラブが本当に幅広いプログラムを提供していました。競技としてトップを目指すものだけでなく、純粋に身体を動かすことを楽しむためのプログラムも、同じように大切に用意されているんです。
こうして見ると、それぞれの国の事情や文化に合わせる形で、スポーツへのアクセス(参加しやすさ)が発展してきたのだと感じます。そのおかげで、障害のある子どもたちがスポーツに参加できる機会が、現地では豊富に確保されているなと実感しました。
日本でも同じように、子どもたちがそれぞれのニーズに合わせて、スポーツに触れるための多様な選択肢のなかから、自分に合ったものを自由に選べるようになってほしいなと願っています。
それでは最後に、香西さんの今後の目標と、これからスポーツを通じて伝えていきたいメッセージについて、ぜひお聞かせください。
アスリートとしての私の究極のゴールは、2028年のロサンゼルス・パラリンピックで表彰台に立つことです。この目標を達成するために、競技者としてはもちろん、一人の人間としても成長できるよう、できることはすべてやり尽くし、万全の準備を整えて大会に挑みたいと思っています。
私のプレーを見てくれた誰かが、自分の人生において「一歩前に踏み出す勇気」を感じてくれたなら、それこそが私にとって最大の栄誉(最高の喜び)です。
