サッカーが好きなら、年代問わず女性が選べる環境を。JUNSHIN SPORTS CLUB 渡邉亜紀が語る循環型クラブとは?

サッカーが好きなら、年代問わず女性が選べる環境を。JUNSHIN SPORTS CLUB 渡邉亜紀が語る循環型クラブとは?

サッカーが好きなら、年代問わず女性が選べる環境を。
JUNSHIN SPORTS CLUB 渡邉亜紀が語る循環型クラブとは?

本企画では「好きなことを続けよう。スポーツを続けよう」をテーマとするKeep Playingの一環として、女子サッカーまたはバスケの選手や指導者を対象に、現在のそれぞれの取り組みへの思いや競技環境についての現状などをお伺いします。

「サッカーのまち藤枝」で、女子サッカーの普及・発展に尽力するNPO法人JUNSHIN SPORTS CLUB。幼稚園児から大人まで、幅広い年齢層の女性たちがボールを蹴る喜びを分かち合える場所として、地域に根付いています。

今回お話を伺ったのは、同法人の設立代表者である渡邉亜紀(わたなべ・あき)さん。幼い頃『キャプテン翼』に心を奪われサッカーの道を志すも、「女子だから」という理由で幾度となく挫折を味わいます。それでも諦めることなくプレーヤーとして道を切り拓き、後に指導者として活動。さらに日本サッカー協会の女性インストラクターとして全国各地を巡り、日本女子サッカーの普及や発展、また選手や指導者の人材発掘?にも取り組んできました。

四半世紀にわたり育成指導の現場に立ち続けてきた渡邉さんに、藤枝市と協働で行ってきた取り組みや女子サッカー界を取り巻く現状、クラブが目指す未来についてお話いただきました。

Keep Playing とは?

日本における女性スポーツ(※)の競技登録者数は高校を卒業後、大きく減少してしまいます。どんな競技レベルやライフステージでも、スポーツの持つ魅力に惹きつけられ、仲間と出会い、プレイを楽しみ、続けて欲しいと考えています。このメッセージが多くのスポーツをする人・みる人・支える人に届くことで、興味・関心につなげ、スポーツを継続する環境がより良いものになることに繋がっていくことを目指しています。

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※2022年バスケットボール、サッカー、ハンドボールの女性競技登録者数を参照
高校生から18歳以上になると競技登録者数はバスケットボール74%、サッカー29%、ハンドボール80%減少。

『キャプテン翼』との出会いから始まったサッカー人生

ー渡邉さんとサッカーの出会いについて教えてください。

小学生の時に出会った『キャプテン翼』が全ての始まりでした。あまり漫画には興味のなかった私が唯一ハマった作品で、作中で描かれる迫力あるプレーや選手たちの情熱に触れるうちに、いつしか「自分もサッカーがしたい」と思うようになっていたんです。

でも、いざ近くのスポーツ少年団へ行ってみると「女子だから」という理由で入団を断られてしまって。「なんでやりたいのにできないんだろう?」と、全然納得できなかったですね。この時の悔しさは、今も鮮明に覚えています。

転機は中学入学と同時にやってきました。2学年上の先輩が立ち上げた女子サッカー同好会に入ることができて、ようやくボールを蹴れるようになったんです。今思えば、その先輩も私と同じ思いを抱えていたのかもしれませんね。

 

ー高校進学後はいかがでしょう?

それが進学した高校には女子サッカー部がなかったんです。どうしても続けたかったので男子サッカー部に入部届を出したものの、またも断りの返事。「マネージャーなら」と声をかけてもらいましたが、そうじゃないんだよなと。そんなわけで高校ではソフトボール部に入部しました。

でもどうしてもサッカーがしたくて、ずっと場所を探し続けていたんです。そんな時に出会ったのが「横須賀シーガルズ」でした。ようやく本格的にサッカーを始められる環境が整い、そこからは毎日ボールを追いかける日々。数年後には、キャプテンまで任されるまでに。

当時のチームメイトには、山本絵美、大野忍、近賀ゆかり、矢野喬子といった、後のなでしこジャパンW杯優勝メンバーもいて、本当に貴重な経験をさせていただきました。

そんな選手生活を経て、今から25年前にシーガルズで指導者としての人生を歩み始めました。ちなみに今もシーガルズの一員として、年1回程度ですが昔の仲間と一緒にオーバーカテゴリーの大会にも参加しています。

 

ーシーガルズでの指導と並行して、(財)日本サッカー協会ウーマンズカレッジインストラクターの活動もされていたそうですね。

2000年から約4年間、活動していました。まだ『なでしこジャパン』という言葉すら存在しない時代。当時、日本サッカー協会が女子サッカーの普及・発展を目指して立ち上げたプロジェクトの一環で、女性インストラクターが設置されたんです。私はその一員として、全国を巡回しながら指導やクリニック、講義などを行っていました。

そんな私たちインストラクターには、実はもうひとつ大切な役割がありました。それは日本各地で活動している選手や指導者との連携や発掘です。そこで出会った選手たちの中には、先に日本代表で活躍した選手もいます。彼女たちのような原石を発見し、才能を開花させる場を整えていく。それも私たちの大切な役割でした。

子どもから大人まで。誰もがボールを蹴れる場所をつくる

ー現在の活動内容について教えてください。

JUNSHIN SPORTS CLUBでは、藤枝順心サッカークラブを中心に、年代や経験を問わず、女子サッカーに関われる環境づくりを進めています。小学1年生から中学3年生までの育成年代では、ジュニアとジュニアユースのチームを運営。普及活動としては、年中から小学6年生を対象としたサッカースクール(JFAなでしこひろば)を月2回開催しています。

そして今、特に力を入れているのが「生涯スポーツ」としてのサッカーです。その代表的な取り組みの一つが、藤枝市のサッカーのまち推進課と協働で始めた「大人なでしこひろばプラス」。藤枝順心高校サッカー部初優勝時のキャプテンを務め、現在藤枝市地域おこし協力隊の杉山祐香が中心となり活動しています。

いくつになってもライフステージが変わっても、ただただサッカーを楽しむ場所がつくりたい。その思いを実現するため、毎週水曜日、グラウンドの半面を開放することにしたんです。今では、近隣の高校の卒業生をはじめ経験者が、足を運んでくれるようになりました。時には昔ライバルだった選手たちとの再会もあり、新しいつながりが生まれる場所になっています。


「女子サッカー発信で、多くの人に笑顔を」と年代問わず幅広いサッカー環境を提供

 

ーサッカー未経験者向けの取り組みもされているそうですね。

はい。歩くサッカーやライフキネティック(笑う脳トレ)など、誰でも安心して参加できるプログラムを週1で実施。主にお母さん方が子どもの送り迎えの時間を使って、楽しく体を動かしています。このプログラムを通じて、「ボールを蹴るのって、こんなに難しいんだね」「難しいけど、すごく楽しい」といった、子どもとの新しい会話も生まれているようです。

 

ーこれだけの活動を築き上げてこられた背景には、どのような取り組みがあったのでしょうか?

20年程前に初めて藤枝にやってきて、まず最初に取り組んだのは近隣のチームを回り、地域の方々の声に耳を傾けることでした。練習会も何度か開催し、選手や保護者が何を考え求めているのかアンケートを取って、この地域に必要なことを探っていきました。

そこからスクールがスタート、ジュニアユースとジュニアチームも立ち上げました。また育成とは別で普及のためのスクールを「JFAなでしこひろば(※)」として運営。

さらに数年前に卒業生の話を聞くと、「サッカーを続けたいけど、フットサルしかできない」「本当はスパイクを履いて芝生の上でボールを蹴りたい」という声も多かったです。であればそういう場を作ろう!となり「大人なでしこひろばプラス」という形で、芝生のグラウンドを使える環境を整備しました。

※JFAなでしこひろば:JFAなでしこひろばは、すべての女性がサッカーというスポーツを身近に感じ、日本中どこにいてもいつでも楽しむことができるよう、JFAが各地域の団体の皆さんと連携して開催している、サッカー体験イベントです。(公益財団法人日本サッカー協会ホームページより)

 

ーこの20年でずいぶん環境が変わったのではないですか?

大きく変わったと思います。最初は場を用意しても5人も集まらなかったですね。それが今は幼稚園児から大人まで、約200名の女性がサッカーを楽しめる場所になりました。学校の理解を始め、地域の皆様のおかげと心より感謝しております。

さらに最近では、月1回の社会人サッカーも始めて、中学生チームと対戦する機会も作っています。社会人選手は上手ですし、とにかくサッカーを楽しんでいます。今後は生涯スポーツとして、サッカーに関わり続けられる場所も作っていければと考えています。

スポーツを通じて人生を豊かに。サッカー以外の取り組みも充実

ーしかしながら地域によっては、女子選手がサッカーを続けるハードルは今も高いように感じます。育成年代の選手たちと向き合う中で、どのような課題を感じていらっしゃいますか?

今、女子サッカーは大きな二極化が進んでいると感じます。WEリーグができて、トップを目指す選手の環境は確実に良くなってきました。一方で、そこまで上を目指さないが、サッカーは好きで続けたい選手たちの受け皿は今も不足しているのが現状です。

 

ー生涯スポーツとしてサッカーを続ける場がまだ足りていないと。

はい。特に胸が痛むのは、サッカーが大好きになってくれた子たちが、環境のせいで「やめる」選択をしなければならないこと。周りでも「行きたい学校にサッカー部がないから、続けられないかも」という話はよく聞きます。好きだから続けたい。それが当たり前の選択肢として選べる環境をつくれていないことに対して、指導者としてとても申し訳ない気持ちになります。

 

ーサッカークラブの子たちは高校に上がっても継続する子が多いですか?

ジュニアユースの選手たちは高校でも続ける子が多いですね。藤枝順心高校に進学する選手はもちろん、近隣の女子サッカー部のある高校や男子サッカー部で頑張る子、サッカーのために県外の高校に進学する子も。以前に比べ、サッカーを続けることが自然な選択肢として定着してきているように感じます。

 

ー競技を継続したいと思ってもらうために行っている取り組みがあれば教えてください。

もちろん選手たちにサッカーを続けてほしいという思いはありますが、それを押しつけることはしていません。大切なのは、一人ひとりが様々な可能性の中から、自分で選択できること。「サッカーが好きだから、もっと上手くなりたい」という、そんな気持ちが自然と芽生えるような環境づくりを心がけています。

 

ーあくまでサッカーは選択肢の一つだということですね。

はい、まさにその通りです。私たちが最も大切にしているのは、サッカーを通じて人生を豊かにすること。選手たちは時としてサッカーに向き合いすぎるあまり、それが全てになってしまいがちです。でも、スポーツは本来、人生を豊かにするための一つの選択肢。決して誰かを否定するものではありません。

だからこそ私たちは、サッカー以外の経験も大切にしています。例えばネパールへのユニフォーム寄付を通じてフェアトレードや国際問題を学んだり、地域のイベントに参加して様々な人々と触れ合ったり。そんな経験を通じて、サッカーは社会の一部であり、人生にはもっと多くの可能性があることを彼女たちには知ってほしいと思っています。


取材当日は藤枝順心高校サッカー部キャプテンの植本愛実選手(ジェフユナイテッド市原・千葉レディースへの加入が内定)も、小学生女子選手を対象に楽しみながら考えるサッカーを学ぶ「Junshin Soccer Academy」にスタッフとして参加

 

ー最後に、今後の展望についてお聞かせください。

JUNSHIN SPORTS CLUBは「女子サッカー発信で、多くの人に笑顔を」という理念のもと活動しています。これは、サッカーをする人だけでなく、サッカーをプレーしていない地域の方々にも笑顔を届けたいという願いなんです。選手たちの活躍する姿を通じて、応援の輪が広がっていき、女子サッカーを通じた人づくり・まちづくりへの活動が、彼女たちや地域のの未来を変えていくと信じています。

そして現在の活動の核となっているのが「循環型クラブ」という仕組み。子どもの卒業後も関わり続けてくれる保護者たち、教員や指導者として戻ってきてくれる卒業生たち、そして次の世代を担う卒業生の子どもたち。世代を超えた素晴らしい循環が生まれています。

これからの3年間は、このコミュニティの新たな成長期として位置づけています。方向性を決めるのは、ここで育ってきた人材たち。彼女たちの思いと行動を支える仕組みづくりに力を注いでいきたいと考えています。