個の成長が、競技継続に繋がる。
木更津発「ファイアフライ」が目指す
理想のバスケットスクール像
千葉県木更津市を拠点に、2002年から活動を続ける「ファイアフライバスケットスクール」。クラブチームからスクールへの転換を経て、現在は独自の指導方針へ。勝利至上主義から脱却し、全員参加型の指導で子供たちの可能性を伸ばす一方、怪我予防にも力を入れた体づくりを実施。競技としてのバスケットボールだけでなく、その先の人生も見据えた指導で、新しいスポーツ教育の形を提示しています。
今回はファイアフライバスケットスクール代表の奥村暁美(おくむら・あけみ)さんに、スクールの歩みや指導哲学についてお話を伺いました。また、スクールで活動する子供たちの声も紹介します。
Keep Playing とは?
日本における女性スポーツ(※)の競技登録者数は高校を卒業後、大きく減少してしまいます。どんな競技レベルやライフステージでも、スポーツの持つ魅力に惹きつけられ、仲間と出会い、プレイを楽しみ、続けて欲しいと考えています。このメッセージが多くのスポーツをする人・みる人・支える人に届くことで、興味・関心につなげ、スポーツを継続する環境がより良いものになることに繋がっていくことを目指しています。
※2022年バスケットボール、サッカー、ハンドボールの女性競技登録者数を参照
高校生から18歳以上になると競技登録者数はバスケットボール74%、サッカー29%、ハンドボール80%減少。
勝利より大切なものに気づき、スクールとして再出発
ー最初に、スクールを立ち上げた経緯を教えてください。
木更津市を拠点とするファイアフライは、「この街に強いチームを」という思いから、2000年に誕生しました。最初は後輩と共に社会人チームを立ち上げ、その2年後に小中学生向けのスクールを開校。地域の皆さんの口コミで徐々にメンバーが増え、現在に至ります。
ー数年前までクラブチームとして活動していたそうですね。
はい。実は5年前、それまでのスクール活動にいったん区切りをつけて、クラブチームに生まれ変わったんです。でもなかなか上手くはいかなくて。最初こそ手応えはありましたが、理想のチームからはどんどん遠ざかり、それで2年前にスクールという形態に戻しました。「クラブ」から「スクール」へと名称も改め、今は新たな気持ちで活動しています。
ースクールに戻された理由を教えていただけますか?
クラブチームの時はどうしても結果重視になりがちで、それによって子供たちに大きな負担をかけていた気がします。勝つために、バスケがしたいがために怪我を押して試合に出たり、勉強よりバスケを優先したり。そんな姿を見ているうちに「これは子供たちにとって本当に良いことなのか?」と、ふと疑問が湧いてきました。
私自身、社会の中で改めて気づいたことがあるのですが、それは、「学ぶこと」や「知識を得ること」の重要性です。考え、調べ、答えを見つけ、理解を深めるという学びのプロセスは、将来どんな場面でも大きな助けになります。それは勝利に代えがたい価値があるものだと感じました。だからこそ、子供たちにはバスケだけでなく、さまざまな経験を積んでほしいと考えるようになりました。
そして何より、試合での勝利以上に心に響いたのは、子供たちが何かを成し遂げ、それを心から喜ぶ姿でした。その純粋な笑顔を見るたびに、指導者としての本当の喜びを感じました。この経験を通して、「チームでの勝利」よりも「個々の成長」に重きを置き、一人ひとりの個性を伸ばすことを第一に考えるようになりました。
選手に自ら指導する奥村さん。「熱心でも楽しく」という姿勢がよく伝わる
大切なのは、"主体性"を育む指導
ー子供たちを指導をする上で、心がけていることを教えてください。
子供たちの「自分で考えて判断して実行する力」を伸ばすよう心がけています。
きっかけとなったのは、パリオリンピックで女子バスケ代表を率いた恩塚監督の指導哲学でした。監督が重視されている「原則を軸にしながら、選手自身が状況に応じて判断し行動する」というコーチング方針に強く共感しました。これはスポーツの場面だけでなく、社会に出てからも求められる大切な考え方だと思っています。そのため、保護者の皆さんにも「答えを与えるのではなく、子供たちが自ら考えるきっかけを与える指導を」と日頃からお願いしています。
ー保護者の方にもお願いをするとは、徹底されていますね。
バスケットボールでは、選手が自分で状況を判断し、動かなければならない場面が多くあります。そのため、「自分で考え、行動する力」がとても重要です。しかし、自分で決められなかったり、判断に迷ったりすることでプレーにも支障が出てしまうケースも少なくありません。
また、親の過度なサポートは、子供が自分で考えて決める機会を減らしてしまうことがあります。親が子供より先に動いてしまうことで、子供が自分で判断する力を伸ばすチャンスを逃してしまっているのではないか、と思ったのです。
ーそんな出来事があったんですね。
その時に思いついたのが、保護者向けのセミナーでした。当時、2020年の教育改革で、「思考力・判断力・表現力」を重視する方針が示され、まさに今がチャンスだと考えたんです。
私たち大人が子供たちのために何をやれるのか。本やネットで調べて資料作りを行い、保護者向けのオンラインセミナーを実施しました。子供たちが自ら気づきを得たり、答えを見つけたりするにはどうすべきか、その方法を一緒に考える機会ができて、とても良かったです。保護者の皆さんにご理解とご協力をいただき、子供たちも徐々に自立していってくれています。
バスケは高校で終わり?競技継続を阻む様々なハードル
ー現在の育成年代における課題は、どのようなところにあると考えられていますか?
現在、トーナメント形式が主流であることに対して、課題を感じています。
トーナメントは勝ち上がることが目的となるため、どうしても結果を重視した采配になりやすい一面があり、選手一人ひとりに均等な出場機会を与えることが難しい場合があるのも事実です。
しかし、公式戦ならではの緊張感や特別な経験は、練習や練習試合ではなかなか得られない貴重なものですし、これを体験することが、選手たちの成長や競技への意欲につながると感じています。そのため、勝利を目指しつつも、全員が成長できるような仕組み作りが、これからの課題だと思っています。
クラブチームで活動していた頃は、「勝たせなければ」というプレッシャーと、選手全員に出場機会を与えたい思いとの間で悩むことがよくありました。「クラブチームだからこそ勝たなければ」という雰囲気が、当時は特に強くあったように思います。
あるとき、そのような風潮を象徴するような出来事が起きました。一人の選手から衝撃的な言葉を投げかけられたのです。
ある試合前、私は全員でバスケをしようと決め、出場機会を与えていなかった選手を起用する方針を伝えたとき、それまで出場機会を与えられていなかった選手から「勝ちにいくのを諦めたんですか?」と問い掛けられたのです。その言葉に、選手たちが抱える想いや、指導者としての自分の在り方を深く考えさせられました。
その試合で彼女がコートに立ち、スリーポイントを決めた瞬間、嬉しそうに私を見た彼女の表情を今でも忘れられません。この経験を通じて、指導者として全員が輝ける場を作ることの大切さを強く感じました。
ー出場機会の偏りを解消したいという思いが、スクール再開につながったのですね。
おっしゃるとおりです。スクールを再開した裏側には、この出場機会の偏りをなんとかしたいという強い思いがありました。試合に長く出られる子もいれば、ほとんど、あるいはまったく出られない子もいる現状があります。そのため、私たちのスクールでは全員に出場の機会を提供しています。もちろん勝ち負けも大切ですが、子供たちの成長には、実際に活躍できる場と経験が何より重要だと考えています。
「バスケを生涯スポーツに」子供たちの未来に寄り添うスクールへ
ー全員が試合に出場できるのはスクールならではの魅力ですね。
そうですね。特に練習試合では、バスケの楽しさを体感してもらうため、積極的に初心者の子を試合に出しています。そんな中で印象的だったのは、子供たちの自発的な行動です。ルールを知ってる子が初心者の子をフォローしてみたり、動き方を教えてあげたり。試合の勝敗も大事ですが、このような思いやりの心や助け合いの経験こそが、彼女たちにとって大切な糧になるはずです。
ー練習内容についても少し伺いたいのですが、アップの際に股関節周りのトレーニングを多く取り入れられているように感じました。これは何か特別な意図があるのでしょうか?
何年も前に外部指導者として活動していた頃の経験が大きく影響しています。当時は勝つために、長時間の練習や高強度のトレーニングをこなし、さらには頻繁に遠征にも行っていました。そのためチームとしては結果を残せていましたが、高校進学後に次々と大怪我をする子たちが出てきてしまったんです。
今思えば、中学生の子供たちの怪我に対する認識が甘かったように思います。足を捻っても軽い捻挫だからと気にせず練習を続けたり、バスケがしたいあまり怪我を隠して練習に参加したり。それが結局、次のステージでのパフォーマンス低下や大怪我を引き起こす原因になっていたと思います。この反省から、怪我予防について本格的に勉強をし始めました。
もう一つは理学療法士の娘の影響もあります。
チームでストレッチ講習会を開いてくれたことをきっかけに、怪我ときちんと向き合おうと思えました。指導者が正しい知識を持つことが怪我予防につながると気づかされましたし、実際に股関節や胸椎の柔軟性を意識したトレーニングを行うことで、怪我が減りました。練習前後のストレッチを欠かさないことも大きいかもしれません。選手が怪我で苦しむ姿を二度と見たくないという思いが、今の自分の原動力になっています。
練習前、奥村さんのチェックのもと、下半身のストレッチはしっかり行う。理学療法士の娘さんに相談することもあるという
ー最後に、ファイアフライが目指す理想のスクール像を教えてください。
子供たちの未来に寄り添えるスクールを目指しています。そのためにも競技力向上だけでなく、怪我の予防や体づくりにもより一層取り組んでいきたいです。バスケを生涯スポーツとして楽しみ続けられる、そんな場所を引き続き作っていければと思います。
チームの子供たちのコメントをご紹介!
ーバスケットボールを始めたきっかけを教えてください。
「ミニバスを体験しに行った時に、いろんなルールがあることを知って、すごく面白いスポーツだなと思って始めました」(中2、Aさん)
「お兄ちゃんがミニバスをやっていて、それを見ていたら楽しそうだったので、私も始めました」(中2、Bさん)
「親がバスケ経験者で、小さい頃からボールに触って遊んでいたんです。それが楽しくて、小学2年生からミニバスを始めました」(中1、Cさん)
ー部活動とは違う、このスクールの良さはどんなところにありますか?
「部活では決められたメニューをこなすだけですが、スクールでは自分のやりたい練習ができるんです。自分の課題に向き合える場所だと思います」(中2、Aさん)
「部活の先生はバスケ未経験なのでなかなか聞きづらいこともあるんですが、ここは奥村さんが経験者なので何でも聞けるし、正確に教えてくれるところがすごく良いです」(中2、Bさん)
「私の入っている部活は、先生は経験者だけど、部活の人数が多すぎてなかなか聞けません。ここならすぐに聞けるし、できないこともできるようになるので、そこが良いところです」(中1、Cさん)
ー今後もバスケットボールを続けていきたいですか?
「続けたいと思っています。ただ、高校に行くと勉強が難しくなるので不安はあります。でも、自分のプレーがどこまで通用するのか、チャレンジしてみたいです」(中2、Aさん)
「私も続けたいです。ミニバスの県大会では負けて悔しい思いをしましたし、中学は周りが未経験者で思うようなプレーができていません。高校はレベルが高いし、上手な先輩もたくさんいると思うので、その技を見て学んで、もっとバスケが上手くなりたいです」(中2、Bさん)
「まだはっきりとは決めていませんが、できれば続けたいです。上手い人たちについていけるか不安はありますけど、練習で新しいことができるようになる喜びを知ったので、もっとバスケを楽しみたいです」(中1、Cさん)